[猫][自分用]あの日のことは忘れない

画像

ルキアがいなくなってあと少しで1ヶ月になります。
画像は携帯の待ち受け画面で3年以上前の画像で
この画像を無意識にずっと見ていたことになります。
携帯を紛失したり画像を保存している
メディアが壊れても復元できるように
ここにも残しておきます。

気持ちの整理をするために自分用として
あの日のこととその前後について書き残しておきます

そもそもの始まりは2010/12/11にルキアの脇の下に
脂肪細胞ができたところから始まります
悪性ではないがとりあえず取っておいたが
これが悪性になり腫瘍となったのが原因です。
再発し2011/11/24に再度、手術。細胞は筋肉の下に
あり、最終的な診断結果としては元の細胞は
体の奥の方にあって生まれ持った病気でそれが
長年にかけて表に出てきたそうです。

手術後は毎週の病院通いと薬で元気だったが
問題が発生したのが2012/01/02である
ルキアが玄関のドアを自分で開け外で
除草剤入りの草を食べたことで薬を
腫瘍細胞を抑える薬の投与をやめ
肝臓の薬に変えたところから急激に
病状が悪化してしまいました。
今思えば小さい時から猫草を家で食べさせておけば
外で食べることはなかったのが悔やまれます。

貧血がひどかったので鼻のピンクが
薄くなっているのに気が付かなかったのも原因です
貧血になると肉球が白くなるそうなので
それを知っていればもう少し早く
別の対処ができたかもしれません
ブログの写真を見返すと食欲が落ちた
2012/01/17頃の写真を見るとずいぶん
鼻が白くなっていることがわかります。
また体温が上がると血液量が増えるそうなので
そうゆうことも知っておくべきでした。

ご飯は固形タイプのみではなく缶詰タイプも
併用しておくべきでした。固形タイプは
食べれば食べるほど脂肪になりやすい。
また2012/01/24以降、ルキアが
トイレに行っていなかったので
これ以降全くご飯を食べていませんした。
水は飲んでいたので水分で栄養を取らせようと
しましたがミルクは一切飲みませんでした
今思えば小さいころから定期的にミルクをやって
水分でも栄養を取れるようにしておくべきでした

そして2012/01/28、点滴で栄養を取ったが
一向に良くならず29に細胞が血液中に
流れているのが分かりその日に入院し夜に
輸血してもらいました。

30日
仕事を定時に終えルキアを迎えに行く
病院でルキアが入院室から抱きかかえられて
出てくるのが見えホッとする。しかし
なかなか出てこず何故かドライヤーの音が
長時間していた。診察台でルキアがおしっこして
それを乾かしていたそうです。最後の最後で
病院に迷惑をかけて困ったものである。
食事はやはりできそうにないので流動食という事で
流動食のサンプルをもらい、また食べさせるための
注射器を大量にいただきました。後で数えると
80本ほどありました。先が長くないと思っているなら
こんなに大量にくださるわけがないので
その心配りには感謝しています。
手術代を払っているときに珍しくルキアが
こっちを向いてかわいく鳴きました。
受付の看護婦さんも今かわいく鳴きましたね
と言っていました。元気になったので
病院にお礼を言ったのかもしれません。
家に着くととりあえず温めるという事で
コタツに入れてやりました。しかし兄貴の子供が
こっちで寝るという事でルキアを2階に連れてやりました
しかし僕の布団の上でおしっこをもらし
処理をしている間に1階に降りていきました
あわててルキアを追いましたが申し訳なさそうに
階段を下りていく姿がかわいそうでなりませんでした
とりあえず1階で寝かせることになり、その夜は
熟睡できませんでした。2回ぐらい母親が
「ルーちゃん、そんなとこにいたら寒いやろ」という
声がしていました。後で聞くとコタツが暑すぎて
何度も外に出ていたそうです

31日
薬のせいか朝は元気だった。ルキアのことが心配だったが
仕事に向かう。昼休みルキアのことが気になって家に電話。
母親によると体が暖かくなるとすぐに玄関に行こうとする
すぐに連れて帰るが知らないうちに3回ぐらい玄関の
マットの上で玄関の方を眺めていたそうです。
「ルーちゃん、まだ誰も帰ってきないからコタツに入り」
とさとしたそうです。それを聞いていたので迷わず残業。
仕事が終わるとすぐに帰宅しました。家に着いたのが
8時過ぎ、母親によると夕方過ぎに自分では
立てなくなったそうです。ルキアはコタツから
上半身を出して寝ていました。夕食を済ませルキアを
触ると起きました。この時、かわいく鳴いた後
必死で起き上がろうとしてそのまま動かなくなりました
いまでも必死に起き上がろうとした姿が今でも
忘れられません。倒れたときすぐに緊急の動物病院に
電話をしましたが呼び出し中に兄がもう手遅れで
楽にさせてあげようといいました。
時間を見ると8時半過ぎでした。その後、
今、家族の者が全員そろっているのでその日の内に
葬儀をあげ火葬しました。外に出たとき南の夜空に
1つの星がひときわ煌々と光っていたのが
とても印象に残っています。納骨は49日が過ぎた後、
田舎に墓を作るということになりました

翌日、動物病院にルキアが亡くなったとこと伝え
今までお世話になったお礼を言い、週末に
不要になった注射器の返却すると伝えました
その翌日、動物病院から立派なお花が届きました
本当に、動物病院にはお世話になりました。
週末、動物病院に行き注射器を返却。
その時、ルキアが最初に診察を受けたときの
日にちを確認しました。実は実家に来たときは
ルキアは結構大きかったので実際の年齢が
はっきりしませんでした。兄貴が友人の家に
居候してた時に拾ってきて、しばらくして
病院に連れて行ったのでその近辺がルキアが
生まれたことになります。確認したところ
2003/6月に初めて病院に来てその時の体重が
約700グラムでしたその2~3か月前が
ルキアが生まれた頃だろうという事でした
という事は8年と10カ月が年齢になります
ルキアが来たときは仕事の転機で忙しく
あまり記憶がなく、落ち着いてからは
いつも一緒にいるのが当たり前になっていて
ルキアに年齢をそんなに気にしていませんでした
今更にしてルキアの年齢を知ったなんて
天国から怒られそうです。
本来は49日を2カ月をまたいではいけない
そうですが少しでも一緒にいたいので
来月の中ごろ納骨を済ませます。
あとデジカメは当時持っていなかったので
ルキアの写真があまりないですが
兄貴が携帯で撮った写真がほんの数枚出てきました
これはまたの機会に記事にしたいと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

2012年02月28日 05:16
辛いと思いますが、記録してくれてありがとうございます
ルキア君の事、忘れないですよ
もう少し側にいたい気持ち良くわかります

2012年03月02日 00:12
アメネコさんのところからよく寄り道して
ルキアちゃんの様子を見てたんですが
うちのレオが具合が悪くなってしばらくうかがってませんでした。
ルキアちゃん元気にしてるかなと思って久々に遊びにきたら・・・
ルキアちゃん、ずっと待っててくれたんですね
みんなに見送ってもらえてよかったね
きっと幸せだったと思いますよ
ルキアちゃんのご冥福をお祈りします

この記事へのトラックバック